化粧品に香りを付ける理由はいろいろあります。たとえば、原料の不快な臭いをマスキングしたり、抗菌性のある香りで防腐効果を高めたりといった実用面。一方で、よい香りを身にまとうことで使用者に幸福感を与える、疲れたときに香りの刺激でリフレッシュしてもらうなど、使う人の「気持ち」にはたらきかける目的もあります。
目に見えないので実感しにくいのですが、実は香りも分子でできた「物質」です。それぞれの分子量は約300まで。構造の中に有機物を含む有機化合物で、ある程度の揮発性があります。油に溶けるものが多く、化粧品に配合するときはアルコール水溶液や可溶化剤(界面活性剤)に溶かして水溶性にしてから使います。香りはとても不安定な物質で、熱や光、空気や金属イオンなどさまざまなものの影響を受けます。そのため香料の保管には細心の注意が必要です。
私たちが香りを認識するメカニズムは次のようなものです。鼻から吸い込まれた香り分子は、まず線毛という突起にキャッチされます。これは鼻粘膜にある香りセンサーのようなもの。ここで香り分子が感知されると電気信号が神経に送られます。その電気信号が嗅球から嗅神経を通じて脳の嗅覚中枢にたどり着くと、脳が香りを認識するのです。
普段の生活で感じる香り、たとえば食べものや花の香りなどは複数の香り分子の集合体です。私たちの鼻にはそれらの分子を個別に認識する350種もの受容体があり、それらが受けとった香り分子を脳がトータルで判断して香りを嗅ぎわけているのです。
化粧品によく使われる香料には以下のようなものがあります。
1.天然香料
自然界に存在する動植物が原料の香料です。原料に含まれる香り成分(有香成分)は、水蒸気蒸留や抽出、浸出、圧搾などの方法によって取り出すことができます。現在知られている天然香料約1500種のうち、化粧品によく用いられるのは200種です。
天然香料はさまざまな成分が混じりあってできています。たとえば、低温でも揮発したり、低分子だったりするために香りとして認識しやすい成分。一方、なかなか揮発しない、あるいはほとんど揮発しないので香りとして認識にしにくい成分もあります(樹脂、バルサム、ガムなど)。それらが複雑に絡みあってひとつの香りを作っています。
同じ1本の植物から採取した天然香料でも、その部位によって有香成分の種類や質、量は違います。産地や収穫時期の違い、収穫年の違いなども香りに影響します。また、まったく同じロットの香料であっても、「その時」に残っている有香成分の量や、それまでどのように保存されていたかによっても香りは微妙に違ってきます。
1)動物性香料
動物性香料は動物の分泌物や病的結石から抽出したものです。主なものは以下の4種ですが、いずれも「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)」により保護されている動物から採取される、大変に貴重なものです。そのため、一般に出回るこれらの香りは化学合成されたものがほとんどと考えられます。
●代表的な動物性香料
麝香(じゃこう/musk) ジャコウジカの雄の生殖腺のうを切りとって乾燥したもの
霊猫香(れいびょうこう/civet) ジャコウネコの尾部にある一対の分泌腺のうからかき出したペースト状の物質
海狸香(かいりこう/castoreum) ビーバーの生殖腺に沿ってある一対の分泌腺のうを切り取って乾燥したもの
竜涎香(りゅうぜんこう/ambergris) マッコウクジラの腸内にできた病的結石
2)植物性香料
いわゆるエッセンシャルオイル(essential
oil/精油)のこと。植物の花やつぼみ、果実、枝葉、幹、樹皮、種子、根茎など部位別に採取したり、植物全体から抽出したりします。精油の中には医薬品に似た効果が認められるものもあり、それを利用して心身の調子を整えるのがアロマセラピーと呼ばれる民間療法です。また、国によっては医師の資格を持つものが代替薬の一種として精油を使うこともあります。
香料を取り出すには以下のような方法があります。
[1]圧搾法
原料を押しつぶして精油を絞る方法。レモン、オレンジ、ベルガモット、グレープフルーツなどの果皮から精油を絞るのによく利用される。柑橘類の香りは熱に弱いためこの方法が一般的。
[2]水蒸気蒸留法
香りを含む原料に水を加えて加熱する、または加熱した蒸気を吹き込んで水蒸気とともに精油を取り出す方法。ローズ、ネロリ、ラベンダー、ペパーミント、パチュリー、サンダルウッド、イランイランなどの精油を作るのに利用される。
[3]溶剤抽出法
熱に弱い、または融点が高いために水蒸気程度の熱では取り出せない成分を抽出するのに使われる方法。ローズ、ジャスミン、チュベローズなどの精油作りに利用される。石油エーテルやヘキサンに香りを溶かし込んでから取り出す低沸点溶剤抽出法や、牛脂・豚脂に植物をサンドイッチして香りを吸いとらせたあとに精油のみを取り出す不揮発性溶剤抽出法などがある。
●代表的な植物性香料
バラ油、ジャスミン油、ネロリ油、ラベンダー油、イランイラン油、チュベローズ油、クラリセージ油、クローブ油、ペパーミント油、ゼラニウム油、パチュリー油、サンダルウッド油、シンナモン油、コリアンダー油、ナツメグ油、ペッパー油、レモン油、オレンジ油、ベルガモット油、オポポナックス油、ベチバー油、オリス油、オークモス油
2.合成香料
20世紀に入って香りを求める人が増えてくると天然香料だけでは需要をまかないきれなくなり、合成香料の研究が進みました。とくに「テルペン系香料」の多くが、化石燃料(石油、石炭、天然ガスなど)とピネンという炭化水素を出発原料として大量生産できるようになってから、食品や化粧品、日用品分野への利用が大きく進みました。
合成香料は大きく2種類に分けられます。まず、天然香料からその主成分(主な有香成分)だけを取りだした単離香料と呼ばれるもの(例:ハッカ油から得たメントール)。そしてもうひとつは、石油や石炭などの天然資源や単離香料を原料に合成された純合成香料です。両方合わせて約5000種あるといわれ(2012年現在)、それらのうち500~600種ほどが化粧品作りに用いられます。
合成香料は天然香料に似せて作ることが多いため、その成分も天然香料中の有香成分とその近縁体(類似体、誘導体)が多くなります。ですが、アロマテラピーなどに利用されることはなく、純粋に「香りを楽しむ」ためのものとして扱われます。また、中には天然にはまったく存在しない化学構造の香料が合成されることもあります。
●代表的な合成香料(カッコ内は、その合成香料が模倣する天然の香り)
リモネン(オレンジ)、β-カリオフィレン(ウッディ)、シス-3-ヘキセノール(新緑の若葉)、リナロール(スズラン)、ファルネソール(新鮮なグリーンノートでフローラル)、β-フェニルエチルアルコール(ローズ)、2,6-ノナジエナール(スミレ、キュウリ)、シトラール(レモン)、α-ヘキシルシンナミックアルデヒド(ジャスミン)、β-イオノン(薄めるとスミレ)、ι-カルボン(スペアミント)、シクロペンタデカノン(ムスク)、リナリルアセテート(ベルガモット、ラベンダー)、ベンジルベンゾエート(バルサム)、γ-ウンデカラクトン(ピーチ)、オイゲノール(丁子)、ローズオキサイド(グリーン・フローラル)、インドール(薄めるとジャスミン)、フェニルアセトアルデヒドジメチルアセタール(ヒヤシンス)、オーランチオール(オレンジフラワー)
3.調合香料
調合香料とは、天然香料や合成香料を目的に応じてブレンドしたもの。単独の香料がストレートコーヒーなら、調合香料はブレンドコーヒーのようなものと考えてください。いくつかの香料を混ぜあわせることで、単独の香料にはない新しい香りを生み出すことができます。この調合香料は、調香師と呼ばれる人たちによって作られています。
化粧品に香りを付ける(賦香)ときには、単独の香料よりもこの調合香料が多く用いられる傾向にあります。香料をどのくらい配合するか(賦香率)は、製品によって違います。ただ、いくら上質の香りでも強すぎると嫌われることが多く、配合には微妙なさじ加減が求められます。製品別の一般的な賦香率は以下の通りです。
製品名 | 賦香率 | 製品名 | 賦香率 |
---|---|---|---|
香水 | 15~25% | ポマード | 2~8% |
オードトワレ | 3~10% | 石けん | 0.5~2% |
オーデコロン | 3~7% | シャンプー | 0.2~1% |
クリーム・乳液類 | 0.1~0.5% | リンス | 0.2~0.5% |
化粧水 | 0.05~0.2% | 浴用剤 | 0.2~2% |
ファンデーション類 | 0.3~0.5% | 歯磨き | 0.7~1% |
粉おしろい | 0.5~1.0% | ヘアリキッド | 0.6~1% |
口紅 | 0.3~0.6% | - | - |
●香料の配合目的と効果効能
注1 ローズ油、ゼラニウム油、ラベンダー油、レモン油などは強い抗菌力を持ち、かつては防腐剤代わりに利用された。しかし香料の配合比率は年々減ってきており、また化粧品に配合される成分も昔と今とでは違うため、香料だけで防腐を実現するのは難しくなっている。
(2012年7月初出)